最近、工藤ゲームス の まぷすた!市町村パズルという面白いサイトをヒマツブシや気分転換にやっていたが4時間を経過したところでで飽きるというか、呆れてやめた。

1747も市町村いるか??
私は全国にハイキングにいくから多少は平均より地名を知っているはずだが、ヒントを得つつも半分ちょっとが限界だった。Googleマップを見て「こんな所に面白そうな街、施設があるようだ。」を見つけて行くのが初老の楽しみでもあるがそれにしても。
1747・・・そこには公務員も議員も、付随する条例や予算もあるのだろう。実に、実に重畳だ。
たとえば「ふるさと納税」。私は「楽天トラベル or 一休」一択だが市町村ごとにバラバラの証明書、封筒フォーマットで送られてくる。その処理は自治体ごとに外注している業者がいるんだろうが、アホかと思う。たとえば、
1.受付/集金事業者(楽天トラベル)
2.報告はマイナンバーで総務省へ一括、集金したカネもいったん総務省へ。
3.総務省が個人へ納税証明書を一括送付(その役務は各自治体から人員派遣orカネ支払い)
それかマイナンバーと紐づいた個人ごとのポータルページに反映。
4.カネは総務省から各自治体と事業者へ。
というプロセスどうか?昔のようにカネは現金じゃなくて電子データだから、ふるさと納税も実現できる。なのに「証明がなんで紙?」要は、
客(納税者)/小売り(集金事業者)/卸(総務省)/メーカ(市町村)
という関係だ。こういう数々の「根本的に間違った業務設計」が高コスト体質で、少なくなってる生産年齢人口への過剰負荷を生んでいる。社会保障費や税金が高い!は自分ら「民主主義」で作ってきた「大きな政府、多すぎる自治体」「産めよ増やせよ」「シルバーデモクラシー」の結果だ。
また、サギみたいな技能実習生制度に始まり、緩和緩和で実態は移民。でも移民じゃありません。実態を本質から隠すことが得意な日本語は本当にヤバイ言語だとこの年でつくづく思う。
「経済一流、政治三流」という日本でまた選挙をやるようだが、下部構造がこれでは上を変えたところでどうなるのか。儒教的な宿痾にとらわれた民族文化(男・年長主義、過剰な仁義礼智信)では、創造的変革・廃棄などは望むべくもない。
そもそも・・・
・議員選挙というのは「立法」する人を選ぶものだ(議員立法、議会制民主主義)。
・内閣は「行政」のトップとして国会議員から選ばれ「その時の方向性の決断・実行、表現者」だ
・「司法」は、その妥当性を判断するところだ。
で、この「三権分立」だが本当に「三権(だけ)」が正しいのだろうか?チェック&バランスは機能しているのだろうか?そもそも議院内閣制自体がUKのパクリ、日本民族に合っているのか? etcという疑問がある。我々日本人は「歴史的に常に後追い」で、そのオリジナルを超えて「すごいでしょ~」と、よりどころにしてきた。まさに誰かが言ってた
プアなイノベーションより、優れたイミテーション。
なわけだが、
プアなデモクラシーより、優れたオートメーション的オートクラシー
じゃないの?と思う。
ただ、人間というのは「人間のすること」でしか動かない、動けない生物だ。それがどんなに正しくても機械に言われて「はぁそうですか。」と素直には体も心も動かない。この国の選挙なんて「何を言ってるか、より、誰が言ってるか。」というイメージ戦でしかない。清貧、受難、勤勉、らつ腕、実利、人柄、カネ etc。
会社を運営していて、周囲を見ていてつくづくおもうのが、
責任は個人にあるが、原因は構造にある。
ということだ。構造が既得権と価値観で変わりもしないのに、どうやって結果に責任を持てるのか。「結果はわかんないけど、がんばるから応援してよ!」「しょーがないよね、政治だから。」というほんと意味不明なシステムだが、チャーチルの言うように、代わるそれもないんだろう。「ノーベル政治賞」ってないけど、これだけテクノロジーが発展したのに新しい政治システムは発明されないものかね。多要素的かつ一意な定量的な採点システムがないから、政治家という全くよくわからない人たちがいて、追従する人たちがいると思うんだが。
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