株式会社レップワン 代表取締役 福田兼児

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Wolf calls Wolves,Tiger calls Tigers and Mouse called Mice.

 

 

身近にいる、ドカネモチのクルージングに相伴した。

*億の自邸や、*千万円のクルーザをキャッシュでポンな人たち。

 

 

 「医師と言えど商売人であり、サービス業なんだ。 自由でありたいね。」

 

 

 というその方に、

 

 「トモダチはいない。」

 

 らしい。

 

 「運動会とかほっといて、むっちゃ勉強したし、働いたよ。」

 

 という絶えざる努力の対価。

 

 

オトコの人生はならすと、プラスマイナスゼロになる。

 あの時の運動会で輝いたスポーツマンの彼、

 おしゃれや反抗でモテていた彼ら

が、今も輝き続けている確率は少ない。

 

 

学生時代に地味で目立たなかった彼。こそが社会に出て花開いている。しかも長く。そういった彼らが、「かつて花開いていた学友」を大事にする義理はない。

 

 

その医師は、「会合が苦手」「他人の段取りが苦手」「心は開けない」らしい。

そこだけは、「トモダチ」だ。

  

 

船をおいておくだけで年100万円以上、余裕で飛んでいく世界。満タンで軽油1,000Lの消費、350馬力のエンジンを2基を積むようなクルーザ群。 

 

 

普段は足を踏み入れないマリーナに行くと、「全く世界が違う方々」が多い。若い方も多かった。

例として、こういう方。YAMAHAのボートのページ

えらくフランクな紹介だが・・。己の努力と才覚で、上がった方々。

 

 

彼らに共通しているのが、

 

 「デマンドサイド(需要)からの考え方+自らの努力による飛びぬけた価値」

 

ではないだろうか。

 

 

 サプライサイド。

 

 つまり、

 

 「自分のモノサシで、自分がどう思うか。」

 

しか考えず、行動しない人間がいかに多いか。

そのモノサシを通して許されるのは、スティーブ・ジョブスとか世の中を変える人レベルじゃないだろうか。

ise.JPG 

 「いせ」と言うらしい自衛艦。 

 

 

神戸港上で、氏の大きなクルーザ(それでもマリーナでは中くらい)から、陸や、海上自衛艦を見ていて

 

 「視点の重要さ」

 

を再確認した。

 

「艦隊とか要るわけ?」

 

と、陸から見るだけ、自分本位だけでは思ってしまうが、

プカプカと海からその威容、異様を見ると、

 

 「専守防衛とは言え、敵が海の向こうから来たら、こういうのがないと勝てない、守れないわけね。」

 

と納得する。国民は国に守ってもらっている。

海上自衛隊のHPが充実+キャッチーでビックリした。

 

 

カネモチは、他者からの浸食から自身を守らなアカンわけで、維持費もかかる。

 

持ってなくてよかった。

 

kyakusen.JPG

いつか乗りたいさんふらわぁ。 庶民は来月フェリー旅しよっと。


「福田君のゴルフは無気力で、同伴者に失礼だ。」

 

 というのは、慕うオヤジサンのコメント。

 

 自分なりに準備、決断をしてプレイしているが、very fast らしくマジメにやっていないと映るらしい。考えても結果はさほどかわらないんだもの。スコア(結果)に執着が持てない。

 

ゴルフは再現性、サッカーは失敗を競うスポーツ。

 

という。

 

日本でのゴルフはもうちょっとカジュアルにならないのかなぁ。オッサン臭くて、インギンで、一日仕事で、前半で飽きてしまう。ショットを待つ間に帰りたくなる。

 

「じゃあ行くなよ!」

 

という話だが、たまに「!」な方との話、周るのが楽しくもある。社交の一種。先日ご一緒した方は、片手シングル+ドカネ持ち+紳士だったなぁ。人間力、仕事、遊び、忍耐力、取り組み力 etc、なんだかオーラが違う。

 

 

さて、タイトルは昨夜スタッフとBarに行き、隣になった淑女のコメント。

 

 

 「男ってプライドの生き物でしょ?

  だから、オカネが無いとか、~がないとか言い出すと、知らず知らずに卑屈になって魅力がないのよ。」

 

 

  ソーダ片手に胸がズキンと痛む。

 

 

そういえば、

 

 

 「仕事ができて、ゴルフは下手な人はいるが、ゴルフがうまい人に仕事ができない人はいない。」

 

 

ということもあったな、と、相関をマトリクスにしてみる。

 

 

goodmanmatrics.png 

 

もちろん、「カネは無いけどいいオトコ」もいるだろう。

つまり、「いい男」という必要条件に、「カネがある」という十分条件ということ。

 

 

は! いかんいかん!こんなことしている場合じゃない。

静かな土曜日は、コンサル資料の完成を急がねば。

 

そのBARでは懐かしいEBTGがかかっていた。 彼女らもカバーしていた Downtown Train はいいなぁ。 


先の週末は大事なリプレース案件があったのだが、担当は当社のネットワークのエース。

彼は、オペミスなしの天才外科医ごとき勝率を誇る。

 

 「立ち合いはいらないんじゃない?休んでいい?

  僕の工数分、手当増額するからがんばってネ。」

 

と、旅に出てしまう。 

 

 

 「立ち合いという名の誠意」

 

 

は、営業には当然かもしれない。

 

 

確かに顧客目線の感情論では、

 

 「いてくれた、来てくれた」

 

というのは大事なことだ。 が、その職責 / 職位を考えた時はケースバイケースだと思う。

  

 

 権威 / 肩書き主義に陥らないようにする。

  上位は現場に任せ、責任のみを取る。

   罪人を創らない。

    現場を創る、守るのは現場である。

     というプロ意識を常に持たせ、かつ安心感を創る。

 

 

という責任と実行の共創・協働精神が大事だと思う。

当然、今回のプロジェクトでも責任者として逐次、課題の発見には注意した。

 といっても、エースは課題を自分でつぶしていったが。

 

 

 

2013年のプロジェクトのこと。

当社は孫請けの立場。相当に大がかりな案件。1台1億円近くするNW機器の入れ替え。

 

 

エンドユーザの社長、元請の支店長ら、そうそうたるメンツが第1回作業に顔を出した。

 

 

で、こけた。

 

 

次、2回目のリトライには要職は誰もいない。

 

 

「うまくいった場合の喜び」 を、儀礼的に分かち合うためであって、「うまくいかなかった場合」のドッチラケ。

 

 

成功、順調は当たり前。失敗時は寄れば寄るほど、「責任所在論」ばかり盛り上がる。

 

 

そういうのが嫌なので、当社では案件ごとに、売上・利益を都度シェアするようにしている。

 

 

「この仕事の報酬は別建て。だから、がんばって。」

 

 

という感じ。

欧米では「JOB DESCRIPTION」に記載されていない以外のことはする必要は無いともいう。契約社会。

 

 

 「対戦勝負」

 

 

つまり相手があってのザロサムゲームの場合は、職位・位置エネルギーという「精神的支柱の存在」は大事かもしれない。

 

が、自分がやるべき仕事がはっきりしている場合、作業前に勝負はほぼついている。準備にどれだけ費やしているか。

 

 

旅については、準備していても、期待していても、

 

 「行ってみないと、やってみないと、見てみないと、わからない」

 

が面白い。

 

 「一人旅で面白いのか?」

 

と言われるが、

 

 「他人と日程や行程のすり合せをしている時間に、発ってしまっているんだ。」

 

としか言いようがない。すべては自己責任。

 

今回、大阪から500km程度のところ。という円で思案した結果、山口の角島にターゲットを定める。「信じがたい」と評判の景色らしい。CNNが報じる、日本の31個のキレイな場所の一つもあるらしい。島めぐりの一環。長門湯本温泉に投宿する。

 

DSC_0181.JPG

いい感じ。あの、戦艦 長門の地。

 

yama4.JPG

 フム。

 

yama1.JPG

 こちらは伊良部大橋。

 来訪者数は少ないが、橋のスペックとしては上になるんだろうか。 

 

yama3.JPG

フムフム。

 

昼食をとった道の駅に、ご当地キャラがいた。 

yama5.JPG

四肢と顔がない。 アブない容姿。

 

yama6.JPG 

ますますアブない。 子供半泣きやがな。 

 

 

この道の駅(大混雑だった)で昼食を取ろうと決めて以来、

 

 ゆるキャラグランプリの結果 

 

を興味深く見た。

1,600体以上がエントリーとは。日本全国キャラだらけやないか。

 

 

 

「ゆるキャラ」とはよく言ったもので、 

 

  ゆるい= とげを無くした

  キャラ(キャラクタリゼーション) = 擬人化

 

である。それぞれのキャラのなりたちを見るに、

 

  ・アピールしたいこと

  ・特産、特技など

  

を、ゆる~く交配 or これでもかとてんこ盛り にし、

 

ストーリー(寓話)をつくり、かわゆいネーミングをする。言い換えれば「ゆるキャラ」は

 

 

  現代消費社会の妖怪=ばけもの

 

 

である。かつて妖怪とは、怪談のアイコンであった。 が、現代においては

 

 「消費という怪物の尖兵」

 

なのである。

 

 

 衆人の親近感をとらえ、短期 / 長期記憶に残るようにし、購買につなげる。

 

 

マジ妖怪では購買意欲がわかん。

 

 

かわゆくすることで、ブランディングや購買促進を狙う。有名タレントを使うより、アルバイトや派遣スタッフに中に入って演じさせたほうが安く上がる。

 

 

なお、 「ブランディング」に必要な「ネーミング」には「ラ行」を入れるとよろしい。 というのはよく言われること。

 

 ポシェ 

 メセデス

 BMW

 スバ

 クサス

 マセティ

 ベント

 キャデック

 

 

クルマに絞っただけでもざっとこれだけ頭にこびりついている。

 

 

我が 「ップワン」もたまたまラ行が入っていた。設立当初には考えもしなかったので、単なるラッキー。実は当社にもキャラクターはいて、素案は私である。理由として、

 

 ・ ダイキンの「ぴちょんくん」が好き。

 ・ 一部上場の顧客。にもかかわらず、ゆるキャラが活躍している。

   ※ゆるキャラグランプリにも出ている。

 

そこからの、「パクリ」。

 

確かに、キャラを前面に出したほうが、現実の人が言っているよりソフトタッチになる。が、商品やサービスが擬人化に足る確固たる品質があっての話。マーケティングの一環として、擬人化されたモトネタ(売りたいモノ・コト)を寓話も交えて、どうアピールするか。

 

 

昔はモノや情報が無かったので、人々は飢えていた。が、今は誰でも情報の発信者となれる。いわゆるCGM。

情報はたくさんあるので、今度はヒトが偏りだした。やれ

 

 ・評判、クチコミだ

 ・あの有名人が言っていた

 

と。

 

 

多様性の時代と言いつつも、人間がやることにそう変わりない。

 

 

そういえば、ゆるキャラのランキングは何をもって順位づけされるのだろうか。

 

 

ゆるキャラ=妖怪の作為的な成り立ちを考えた時、好き / 嫌いというネットワーク票ではなく、その市場効果=営業成績とかのほうがスッキリするような。

 

 

新地クィーンも、アイドルの選挙も、票は客が買えるものなのだが。


人生は(中略)喜劇だ。 と言ったのはチャップリン。

 

  人生ひまつぶし。 と言ったのは綾小路きみまろ。

 

   人生はムダを楽しむもの。 と言ったのは情愛深き ex-スタッフ。 

 

 

==

今日はアメリカの独立記念日か。 ・・・もう半期が終わった。

 

 「もう、と思わず、まだ、と思うといいよ。」

 

保険屋が好きそうな定番リフレームは、エグゼクティブな大学の先輩。だからと言って私とカイシャに保険は売りにこないでほしいものだ。

チャップリンの有名なスピーチ

 

 

==

さて、私は怠惰である。

能力については平均よりちょい上、と思っていたが、以下の結果によって、やっぱりイケていないことを痛感した。

 

 

 ①プランAのみを信じ、プランBを持っておらず、優秀な人材の売り込みに失敗。

 ②案件アサインをミスり、若いスタッフが3か月で自信喪失、退職。業界からも去らせる。

 ③スタッフへ自信や自己効力感を植え込むことができず、1カ月の傷病休暇。

 ④提案人材が外的原因含め3連敗。

 

 

自責ばかりでは私もつぶれてしまうが、②③について

 

 「類は友を呼ぶ。」

 

もともと私は自己評価が低い。

 

 

それがスタッフに連鎖することは避けなければいかん!!!

 と今さらながら行動を改めようと思う。

 

 

 「今日もついてる!できる!」

 

 

  とでも毎日唱和しようか。

 

 

会社設立時は、もっともっとポジティブだった。いつからか相対化の罠にはまってしまい、取り返せない過去にさいなまれ、どうにもさびしい日を送っていた。

 

 

原因の一つに、「育ち」があるだろう。幼少時より、

 

  「**君はこんなにできるのに、、」と言う母親。

  「親子もギブ&テイク。一流大学に入って一流企業に入るのが幸せ。」 

   と言う父親。

 

Dr.和田秀樹の言う典型的なシゾフレ型。彼ら自身、彼らの親から愛し方を教えられずに育っている。第一次産業、狭いムラ社会、安定こそ幸せ。そのような教育方針になるのは自明であった。

 

 

両親から過分な教育投資はしてもらったし、愛されてもいたのだろう。常識人、仕事人としては尊敬するが、自らの両親として、彼らを素直に受け入れることができない。つまり、理解ができない。その延長線上にある親族とも付き合う理由がない。「血がつながっている」という縁故に何の共感も得れない、感じれな い。

 

人間の不完全性の中に、どう接点を見出すか。

ビルに入居して9年目、いまさらお気に入りのビル1階の喫茶店で思案していたところ

 

 歩いている道がある程度同じであれば、同胞、同志と言える。

 

ではないか、と気づいた。

 

 早く歩く人間も、遅い人間もいる。

 この道を行く、と決めるのはリーダである。

 

家族という単位だと指揮命令権は家長にあるのかもしれない。が、自我があって、自分でエサを取れるなら、

 

 「知らんがな。選ぶ道違うし。」

 

と道を分かつことになる。

 

 

現在、違う家庭を育む父とは双方の利益と幸せを鑑み円満に縁を切っている。私が26歳の時に母が亡くなったが涙はひとつも出なかった。28歳の時、約20歳の病の弟について、自分のした現実逃避と無力感に、彼が息を引き取る時に傍らで一度だけ泣いた。

 

 

私が暗黙か明示のパートナーや子を不要とするのは、その負の連鎖を切りたいから。未だ、人との接し方に自信がない。

 

よくカイシャや婚姻パートナーのグチを言う人間がいるが、

 

 「じゃあ、辞めたら?離れたら?」

 

と思って静かに聞いている。それを創っているのは自分なのに。

 

 「解決策を実行する勇気はない。が、興味だけはある。」

 

家庭と違い、カイシャは壮大な自己犠牲を強いる場所ではない。リスクを取って、外に出たらいい。面従腹背な人生でいいのだろうか?

 

 

  「荒れた家庭で育ったから、僕は温かい家庭を創りたいんです。」

 

 

という子だくさんのスタッフがいた。仕事っぷりや品格はともかく、「父としての能力」「リトライする勇気」を本当に尊敬していた。

 

 

親族と双方向の負荷が無い分、私は顧客やスタッフには興味や好奇心が厚い(はず)。

 

 「限定的愛情」

 

がカイシャを経営するうえで役に立つ場合も、立たない場合もある。

 

 

 バッサリ決断できるが、情に欠ける。

 合議で知恵を集めるスキル、機微が弱い。

 マイノリティゆえに、マジョリティからするとウサン臭い。

 

 

カイシャには父性と母性が必要であり、1人2役は難しい。

 

 

母性が強い優秀な管理職もいたが、

  「一番歩みの遅い人間に合わせる」

  「なんでも合議制」

というスタイルは、私には合わなかった。

 

 

が、カイシャは、

  

 道の先にあるものを見つけ、もしくは創り、

  それをめざして共に歩こうとするスタッフの意義、価値を高め、

   まず最初にそれを認め、豊かにする。

 

というミッションがあると気づいた。

 

 

私も今年で40となる。今後、自分のスタイルに

 

  まずは自分に価値があるはず。

 

と思って行動していこうと思う。


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