株式会社レップワン 代表取締役 福田兼児

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ゴルフをするからには、

「この後、19番ホールなんてどう?どう?」
 
というヤジトークを言ってみたい。
さて、どんだけ寂しい旅をしとるんだ!というベトナム滞在記であったが、旅行の最終2日は、
 
・SENTOSA GC TANJONG 18HOLE
 (セントーサGC タンジョンコース)
  in singapore
・RIA BINTAN GC
 (リア ビンタンGC)
  in indonesia

に行った。どうせ南国に行くならと、現地代理店にジョイントプレイを手配してもらい、一人参加を試みる。私の平均スコアは115程度である。他のプレーヤーに迷惑をかけるのを承知だが、2度とない機会かもしれない。腕前は笑顔とヨイショでカバーするしかにゃい。と、少し値が張ったが代理店の提案する2つのGCに乗ることにした。
 
特にリアビンタンはアジアで最も美しいコースという評判もあり、7H、8H、9Hはsignature hole と言って名物ホールとのこと。また、セントーサ(セラポンコース)はシンガポールオープンが開催されるGCらしい。

さて、リアビンタンであるが実際は2つのコンペをやっていてとても混んでいた。オーシャンコースを回る予定だったが、フォレストコースに回された。しかも、フロント9は、台湾のMr.Fと2サム。さらには、キャディさんが足りないということで7Hまでセルフ。なかなかの状況だ。お互い片言の英語で
 
「Good Shot!」

など言っていたら、そのうちキャディさんがやってきた。
 

瞳ウルウルで無邪気なキャディっぷりのN嬢。
こちらではキャディさんはカートに乗らず、後ろに乗るのです。
 
その混んでいたのが幸いしたのか、バック9でのオーシャンコースをスタートするとき、コースの方からこの人たちとも一緒に回ってくれと来られたのが、アメリカからの大きな方々であった。さすが気さくに、
 
「Nice to meet you.I'm...」

と話しかけられる。自然すぎる。聞けば2ラウンド目だと言うこと。日本にも仕事で行くとのことで、ここはアメリカンジョークの一つでも言わねばと思うが、下手な表現はまずいので、とりとめのない話をする。気さくに話しあうことができ、ゴルフと英語のパスポート性能を感じた。つまり、どちらももっとうまければもっと楽しいはず。


Mr.M、Mr.K、Mr.D、Mr.F

また、セントーサでは超日本語の堪能でちょっとHなガイドのKさんと、海外出張経験豊富な日本人のTさんとまわった。



聞けばセントーサの会員権は外国人が買うと3千万円、現地の人でも2千万円するらしい。それを持っているガイドさんていったい・・・


食事もおいしいクラブハウス
セントーサは日本の方がたくさんいた。大企業の方が多いようだ。


芝もきれい


グリーン周囲の海を埋め立てて建設中のレジデンス。
2億円からなり。
 

食事中にベトナムでの件を話すと、

「それは、空港でリムジンサービスを呼んだらいいんだよ。ちょっと高いけど間違いないのが来るよ。」

とTさんに教えていただいた。

「そうなんですか!!」
 
ガイドブックには載っていないノウハウが。
 
人と関わることによって、自分の知らないことが増え旅は何倍も楽しくなる。人生も仕事も趣味も同じである。初めは敬遠し、なんとなく始めたゴルフという社交ツールがこんな展開を供してくれるとは!

そして、話はもどって幻の9番ホールである。私は16:35のフェリーでビンタン島からシンガポールに戻らねばならず(週末のフェリーは予約でいっぱいになるからチケットが取れなかった。実際は空席もあった)、7番ホールを終えて、メンテナンス用トラックに身ぶり手ぶりで荷台に乗せてもらい、クラブハウスに戻った。


幻の、9番ホールをトラックの荷台から臨む。

つまり、signature hole をやらずに帰ってきたわけで、Oh my God.. ではあるが、それも旅のよさ。もう二度と行けない状況にはしなければよい。異国の人との経験は、日本での仕事の活力となった。シンガポール滞在記はまた書きます。


楽観 → 戸惑い・恐怖・驚き → 怒り → 納得 → 親しみ

ベトナム、シンガポールに向かう今回の旅は、成田から出発である。伊丹から成田への機内搭乗中に「ビリー隊長」を見かけた。結婚して大阪に住んでいるという彼は、想像しているよりも大きくなかった。おそらく私がジッと見ながら歩を進めていたのであろう、愛嬌のある目で、「こんにちは」と先方から言われ「あ、こんにちは」と返した。相変わらず私はアドリブが利かない。

今回、人生で初めて、日系便(しかも、ANAマイレージ特典)で海外に行く。日本人向け機内設備の充実ぶりに驚きつつ、6時間の機中では、マイケル・マン監督の「HEAT」を見ていた。「コラテラル」など、私は監督の映画での男臭さの描写や間、アングルが好きだ。隊長も見かけたし、HEATも見た。幸先よいスタートだと6時間のフライトを終えてサイゴンの空港に到着した。
 
さっそく入国審査に向かったところ、どうやら書類が足りないらしい。その書類は、預けたカバンの中だ。それを説明していると、

「**を渡しなさい。そうしたら通してやる」

みたいなことを言われ、

Really!? Right now?
Yes.now.

というやりとりで、周囲を見ても素知らぬ顔をしている。何かのドッキリかとも思ったが、そんな筋合いもない。入国早々に収賄罪で捕まってはたまらんと、こちらの事情を説明し粘ること約10分

OK. I help you.
Thanks.I'm sorry.

と、やっと通してくれた。
 
外地入国早々に「I'm sorry..」か・・と軍服姿をうらめしく思いながら荷物を取り上げてからタクシー乗り場に向かう。空港出口でも人の整理がされていないので、「ウワ・・」となったが、TAXI乗り場も同様に素敵な状況だ。

「どこまで行くんだ、$10で行くぞ」

と言っているであろう客引きにつかまってはならん、と断りつつ、
 
「そういえば私はどこのホテルだっけ」
 
と、先ほど取り出したガイドブックを見ながらTAXIを止めてみる。すると、「SAIGON TOURRIST TAXI」が来た。確か会社名が書いてあればOK、と書いてあったな、と言うことで止めると、あっという間に荷物をトランクに入れられてしまった。

「このホテルに行きたい」

と本を指すと、OKOKと車は走り出す。そうして空港の敷地から出ると運転手は、「3」と指をさし振り返る。空港内でも発車スペースをふさいだ同業者に切れていたこのドライバー、大音量の現地BGM、メーターはどこにあるのか。降りようにも空港から離れてしまったし私の荷物はトランクの中。

「あなたどこだか、"キメテ"いませんか?」

という疑念を抱きつつ、空港で両替したばかりの札を渡す。額が大きすぎてよくわからないので、言われるまま、VND、$も含めて$18相当分を渡した。そしてタクシーは、大通りを外れ、クラクションをガンガン鳴らしながら、人気のない川沿いの道や、裏道をどんどん走っていく。

「?なんかヤバクないか?」

入国審査以来、完全に私はビビっている。以前、一人で海外に行った際には無かったビビリ感だ。今の立場的なものだろうか。ゴールドカードを持てる身分になったからだろうか。小さい感覚だ。現地時間は24:00を超えている。
 
・・と、あえて写真を撮ってみたり、問いかけには

to Buisiness.
I'm a sales person.

と、一人じゃないヨ、友達イルヨ感を装っているうちに疲れてしまい、まぁいいか、と考えないようにした。そうすると20分ほどで、

「あのホテルか?」 と。

Yes!Yes!

とりあえず無事にホテルに着いたらしい。映画などで命乞いをする人間をよく見るが、窮地での自分の行動を勝手に妄想していた。私の荷物もしっかりおろしてくれるし、いい人じゃないか、と思っていると、

「チップ?」

と言われたが、私をここまで連れてきてくれればよい。渡した$18は車内で換算し、割高と判明していたので断った。よく考えると、自ら余計に$3払ったようだ。その割高分はスリルで清算しよう。自分勝手に生死の境を妄想するのは、富士急のジェットコースターよりよほど怖いが、こっけいなモノだ。

「どうやらこの国の人間は、カネにせわしないらしい。」

現地人に対する対応の腹を決めた。次の日は、市内を歩いて回ることにしている。
(私が泊まったホテルの情報は下段に書きました)

さて一晩明け、昼間でもあるし、ビビリ感もましにはなった。貴重品はホテルのSafety Boxに入れ、5,000円分のVNDとクレジットカード1枚をポケットに入れ、ホテルを出て歩き出した。排気ガスがすごい。異様なバイクの数とクラクションの音。現地の人を見、かきわけながら中心部にどんどん進む。



いったいバイクの彼らはどこに向かっているのか。またとにかく、バイクタクシーが「乗ってけ、乗ってけ」と言う。午前中は「No.Thanks.」などと笑って応えていたがあまりに多いので、午後には「NO.NO!NO!」となった。

そうこうしているうちに、「戦争博物館」についた。



あまりに有名な、Kyoichi Sawada の「FREE TO SAFETY」を当地で見、今は戦時中でもないのに昨夜の自分のビビリっぷりが恥ずかしく感じた。氏以外にもたくさんの日本人カメラマンが命を落としたことを知った。館では、欧米の方がとても多かった。日本人も幾人かはいた。また、どこの施設でも言えるのが、開館閉館時間が早い。7:30には開き、16:00には閉まる。これには理由がある。ベトナム戦争から逃れてきた農家の方々が市内に入ってきたので、農村時間なのだ。のようなことを後ほど紹介する本に書いてあった。
 

さて、この旅の目的の一つとして、「通貨価値のギャップを知る。」と言うことも一つにある。国内で5%の値上げをしようと思ったらそれだけの理由が必要だが、為替や金融の市場は「ほとんど見えない手」によって動かされる。今回の旅は、両替レートに注目して動いている。

1円あたり、どれくらいのVND(ベトナムドン)に替えれるか、

1.空港:184VND
2.ホテル:191VND
3.中央郵便局内:201VND
4.デパート(韓国資本):201VND
5.デパート(ルイヴィトンが入っている:203VND
6.ビジネスビル(中心部、シティ、みずほが入るビルの1階):209VND
7.ビジネスビル内の銀行(少し離れる、e-town):201VND

となっていた。銀行が入っている市内のビルの両替商が一番レートがよい。また、私が持っていったガイドブックでは、2008年2月段階で147円となっている。実に25%以上、円の価値が上がっていることになる。もっとも、上がることもあれば下がることもあるのでそれ以上の興味は無い。また、品物の値段の日本との差も今回の旅で見たかったことだ。

食事は中心部にある「ベトナムハウス」という所を選んだ。やさしい雰囲気の、よい店の窓際で食することができた。そこで、市中を歩いて気付いたことを、昼ごはんを食べながらもう一度確認をした。


 


(店内での写真は断りを入れてから取っています)

それは、車だ。数分ほど、外を見走っている車の観測をした。

メルセデス S:1
メルセデス E:2
ベントレー:1
BMW 5:1
Audi Q7:1
PORSHE:2
HYUNDAI:1
TOYOTA CAMRY:3
他TOYOA:5
TAXI:30 Over
Motorcycle:a lot of

非常にいびつな感じを受けた。後ほど、ホテルのバーでMotorcycleの値段を聞いたところ、新車で、$2,000-とのこと。つまり20万円以上。これは高い。ほとんどがHONDAで、SUZUKIのチョイノリ、などは皆無だ。しかもこれはベトナム国内産であり国外(特に台湾)から輸入されるものはさらに高くなるらしい。

いびつだ。

次に、スーパーマーケットに行って酒の値段を確認する。

バランタイン 17y:1,300,000VND=約6,500円
マッカラン 12y:725,000VND=約3,600円
シーバス 17y:596,000VND=約2,480円
Beer Tiger:10,500VND=約52円
Beer Heineken:14,500VND=約72円
ペリエ:30,000VND=約150円
 
このころになると、ばかでかいVNDと円との扱いにも慣れてきている。

1円=200VNDとすると、

VND表示から
・下2ケタの0を削って2で除する
or
・下3ケタの0を削って5を乗ずる
すればよい。
 
デパートでも品を見たが、私もしているタグホイヤーの時計など、国内のビックカメラで買った値段のほうが安い。2/3程度である。だが、日常品はともかく安い。ホテルでさらに、「この国の人は酒は飲まないのか?」と聞いたら「好きだし、毎日ビールをたくさん飲む。」と言っていた。
 
この国では、ぜいたく品はべらぼうに高く、日常品はえらく安いのである。つまり、中間が無いのだ。日本では、中間層を担う商品が必ず存在する。ぜいたく品はむしろ日本のほうが安い。やっぱりいびつだ。なぜか。理由があるのだろう。しかし私の専門分野ではないので、こちらもそういうものだ。とだけ受け止めることにした。
 
私は、日本の労働市場などを鑑みて、これから日本円の価値は下がるのではないか、外貨を獲得することも一考ではないかと考えているほうなのだが、今回ベトナムの国情を見、国内からだけでは、一概に国の通貨価値をはかれないと感じた。それがわかっただけでも、今回の旅は十分な成果がある。ちなみにFXや投資はいまだにやったことがない。
 
さて、今回の旅の前には出張ガイドブック
海外出張ガイドブック ベトナム

海外出張ガイドブック ベトナム
(わかりやすかった)

やこちらの本を少し読み、

人間の集団について―ベトナムから考える (中公文庫)

人間の集団について―ベトナムから考える
司馬 遼太郎

「ベトナムの方は謙虚で、朗らか」と聞いていた。その通りの部分もある。しかし、ギャップを感じずにはいられなかった。確か、司馬氏のなんだかの本で、「政府と軍が強い国の民は・・」のような件があったのを覚えている。いろいろ考えながら歩いているうちに、夕方頃ホテルに戻った。
 
2日目は、IT関連施設を見に行くことにしている。ベトナムではITを今後の重要産業としているらしい。既に私にとって、この国の決まりやイデオロギーのギャップを商いで打ち消すことが難しいことを感じていたので、施設を見に行くことは業界に関わる人間として、なかば義務感のようなものでもあった。


 
世界的大企業がたくさん入居するe-town。


意外と小さなサイゴンソフトウェアパーク(SSP)


SSP内に掲示してあったカリキュラム。
Cisco、Linux、Windowsに力を入れているようだ。
 

クァンチュンソフトウェアシティ(QTSC)。
敷地も建物もとても大きい。サイゴン工科大学もこの中にある。

まず、今回行った3か所の施設は大きすぎた。

言うなれば日本で私が、大手通信会社などの入居する研究施設を見て、「すごいですね」と感じているようなもので、土俵も全く違うし、直接関われる実感が今は無い。上記の3か所はホテルに頼んでタクシーを回してもらった。運転手は、英語はしゃべれない。しかし今回の会社、ドライバーは非常によかった。参考までに、「MAILINH」という会社である。緑の山のようなマークが目印だ。

10,000VND =0.8 km

つまり、0.8km = 50円 だ。単純計算で、100km走ると 6,250円 となる。

HOTEL → e-town / 30 minutes / 1,060VND
e-town → SSP(Saigon Software Park) / 20minutes / 700VND
SSP → QTSC / 45 minutes / 1,800VND

3か所を回るのが、ほぼ午前中で終わってしまったため、昨夜の本の中にあった、ミトー(My tho)と言う街に行けるか運転手に筆談で相談したところ、60分程度で行けるとのことだった。実際は90分以上かかった。
 
道中では、運転手が彼の友人であろう日本語の話せる女性に携帯をかけ、女性から

「何をしにミトーに行くのだ?本気か?一人か?さみしいね」

などと言われたので、

「メコン川を見に行きたい」

と答えたらなんとなく納得してくれたようだ。外地で他人から「さみしい」などと言われる筋合いは無いと思ったので、「さみしくはない」と、一応見栄で主張しておいた。
 
そもそも人間はみな、さみしがりの生き物のはずだ。帰属欲求など、5段階説にもある。しかし、「さみしい」と思っている次の行動こそが、おのおのを表す。だから、一人でいる=さみしい、というのは当てはまらない。
 
往復は高速道路とおぼしき道路を走っていくのだが、時速100kmで駆け抜ける車の横や、分離帯を傘もささずにビーチサンダル姿や自転車で横断する感覚 は、私にはとてもわからない。ベトナム人の命は安いのか?それにしてもこのドライバーは本当に運転が上手い。リュック・ベッソン監督の「TAXI」よろし く10cmほどの間隔でトラックとバスの間をすり抜けていく。道路が不整備のため乗り心地は良くなかったが、遠いところまでお願いしているし、さみしくな いと言った手前、引き返すのも格好悪いので身を預けることにした。

乗車中、クラクションは安全のために鳴らすが、彼は罵声や舌打ちをするわけでもなく会話もない。ラジオからの曲が小さく流れる静かな車内だった。彼が私に 気を使っているのがわかった。私もガイドブックを見ながら、「シン カム オン (ありがとう)」と何度か伝えた。ただ、私が「マッ バオ ロウ?(どのくらいかかりますか?)」と何度か尋ねるのでそのたびに指で数字を作ってくれた。

当日はあいにくの雨であり、ミトーに着いたのは、昼をまわっていた。メーターは990,000 VNDを指している。つまり、朝9時から3時間、途中停車もありつつ5,000円程度である。市内を出るときに380,000を指していたので、実際は3,000円程度で80kmを移動できることになる。

ミトーという街は栄えていた。バイクと人の多さ以外はサイゴン市内とさほど変わりは無い。整備されたボート乗り場についたところ、「ボートは$20だ」と言われたが高いと思ったので遠慮した。
 


「これが母なるメコンか・・・」

いくつもの国を流れ、栄養分も豊富なんだろうとは思ったが、司馬氏が書いたような情緒は感じなかった。1kmほど先には大きな橋も見える。私にとっては、よほど石垣島の川平湾のようなところのほうが色彩があってよい。そこでこちらも、ホテルのBARにて、

「ミトーとはどういうところか?」

と聞くと、

「なぜ行ったのだ。小さい街だ。がっかりしたのではないか?」

と、現地の若い人はさほど興味もないようだった。聞けば二人とも市内生まれらしい。人が川を見たときに、第1次産業に使おうと感じるか、第3次産業に使おうと感じるか、という感覚の違いだろう。
 
メコン川を見てから社内に戻ると、後部座席にタオルがしいてあり、その上に冷えたミネラルウォーターが置いてあった。うれしい配慮だった。だが、円とVNDで感覚が違うのでむやみにチップは渡したくない。通貨価値のやりとりを車中に持ちこみたくは無かったので、日本から持ってきていた森永ハイチュウを差し出すと、彼は一つだけ取って食べた。あとは要らないという。

結局、ホテルについたら、1,684,000VND であった。一見、気の遠くなる数字だが、換算すると約8,500円ということになる。6.5h、約200km移動して、代金は8,500円である。一部のベトナムの方の月給にも相当する額だ。これだから日本人は・・と言う行為かもしれないが、他に手段が無いので許してもらおう。

清算には手持ちが無かったので、ドアマンに事情を説明し、一旦待っていてもらった。英語でサンクスカードを書いてみ、一緒に残額を渡したら、ドアマンが訳してくれたようで、喜んでもらえたようだ。

滞在中の2泊の夜は全てホテルの中で過ごしていた。ナウシカで言う、赤いテールランプのオームの群れに自らを投げだしてはねられたところで、「聖人ではない邦人、バイクにはねられ・・」と記事にもならないだろうから、夜はホテルでジムや本を読んで過ごした。
 
ホテルの2階にあるBARは天上も高く、明るく、店員も私に気を使ってか、興味があるのか、よく話しかけてき、私のBroken Englishをなんとか理解しようとしてくれてよい雰囲気であった。

日本から持ってきた本を読み、SADE、SEALをBGMに、シーバスソーダを飲み、スパゲッティを食べることで、「この国は私の育った環境ではない」と、改めて感じ、どこか理解ができた。もし商売などをするとなると、イデオロギー、アイデンティティ、主義主張、ルールなど、「当たり前感覚」のギャップを埋めなければいけない。今の私には向いていなさそうだ。という結論で滞在最終日を迎える。
 
帰りに、ホテルから発車した帰りの空港行きタクシー(MAILINH リムジン)は、行きとは明らかに違うルートを通り、132,000 VND で所要時間は約30分だった。つまり私は行きのタクシーでは約3倍の料金を支払ったわけだ。おそらく、そのカネそのまま彼の懐に入ったのであろう。しかし今となっては、夜間の特急料金、私のリスク感度レベルを最大にしてもらったから無事にサイゴンを発てたと感謝する。
日本での昼食代程度の金ををケチり、この国の表面を理解しきれないことを考えれば安いものだ。

空港で考えていたのは、帰りのタクシー車中で地元FM局から不意にかかった曲、「ドラえもん」だ。日本語原曲ままかかっている。昼の12時にかかりだした。曲の後にDJも楽しそうに話している。司馬氏が書いた時代から30余年、ドラえもん誕生からも30余年。
 
この国においては、「あんなこと、こんなこと」をできるルールが厳しいのか、ゆるいのかはわからない。しかし、「変わろうとする、したい」この国には「外国資本」という「ドラえもん」が必要なのだろう。
 

ただ、無理に変わる必要はないのではないか。と思った。
 

氏の本にもあった、
 
「ベトナムは、懐かしい」

という述懐の影響なのか。空港で電源を拝借してPCでこの書き物をしていても誰も何もとがめない。昼食を取ろうにもスナック菓子程度しか売っていない。結局スターバックスはこの国では見かけなかった。緩さと厳しさが交わる国、ベトナム。VNDを、円とドルに換え、しっかりした資本主義の国、暑そうなシンガポールに発つ。


■今回サイゴンで利用したホテル
 Hotel Equatorial(エクアトリアル ホテル)
 www.equatorial.com

担当者の対応もよく、ジム、BARもあります。非常にオススメです。横浜FC、韓国サッカー代表チーム、シンガポールの要人などの写真が飾ってありました。BARからの情報によると、"ヒトシ"という日本人の偉い人がいるようですが、見かけませんでした。私はHISで予約を行いました。1泊あたり6,500円。 特典もいろいろ付いていたようで国際電話やネット代も含め、$20程度の追加料金でした。市内中心からは遠いですが、サイゴン滞在の場合は十二分にオススメなホテルです。


このエントリーのコメント!
 
どなたから頂いたのかわからないのが残念ですが、大変ありがたく、うれしいことです。
2つの事務所のドアには
 




というものを作って張っています。社員が笑顔な会社に越したことはない。

でもね・・・でもね・・・いい会社、だけでは会社はつぶれてしまうんです。

フラッグシップキャリアと言う会社でも、当たり前の感覚を持って利益を出さないとそりゃ、つぶれます。
 
今日、アドバイザーさんに、「昨日のカンブリア宮殿見ました?」と東京の弁当屋、玉子屋さんにヒントをと。京浜東北線沿線に看板は出ていますね。改めてHPを見てみると、売上額と企業理念に驚きました。ウォ、そちら側から攻めるか。

しかし、メディア衆が稲盛名誉会長を追いかける姿は恐ろしいもんでした。君らに遠慮の理念はないんか。


今日は派遣元責任者講習、助成金など2つの講習を受けました。派遣元責任者講習は、平成18年に続き2回目です。前回はあまりの受講者の数+講座の温度感に圧倒されて、ボケっと過ごしてしまいましたが、労働問題を乗り越えてきた今回の私は違う。大事なポイントがわかる。「居眠りしているそこの方、ヒトゴトではないですぜ。」と思いながらちゃんと受講をして参りました。
 

今回(というか前回しっかり学ぶべき)頭にしっかりインプットされたのは、

派遣法とは、国からの

・本来は国が担うべき需給調整を民間に託す条件を定める
・就業条件の整備を定める

の2つのミッションを規定するためのものである。と改めて学びました。江戸時代から、人足がしなどの商売はありました。ピンハネ、労働者搾取の時代です。しかし、戦争後に理想の民主主義国家設立に燃えるGHQの方々が肝いりで、労働者供給事業を禁止した。現在の派遣法(昭和60年に成立)は、
 
昭和22年に成立した職業安定法で禁止している労働者供給事業について、派遣法で認められる部分だけを許そうじゃないか。

という、職業安定法の特別法としての位置づけです。今まで、ウチの会社は単なるクチキキ、ピンハネ屋なのかな、と自分を軽んじることも多かったです。しかし、今後の法改正の動きを既に当社が取り組んでいることは誇るべきことだと思いました。それでも労働法規は難しい。去年度の収穫です。相当時間を割いたため、知識には専業プロまでとはいかなくても学んでいます。
 
法改正の結果、近いところでは、年次有給休暇の時間単位での取得が4/1〜可能になります。対応せねば。また、大企業では、月60時間以上の時間外労働には50%の割増賃金が必要になります。経営者の必須知識とは言え、労務管理が本業であるはずはないんだよな〜。とこれまた疑問に感じることもままあり。


労働条件通知書
現在使っている労働条件通知書.pdf です。

 


私はコーヒーが大好きで、ブラックで日に3杯以上は必ず飲みます。私用で遠出をするときは家でドリップしてボトルに入れて持っていきます。
 

さて、今年から外部にアドバイザーをお願いしています。1回目の対面MTGは渋谷のルノアールでした。
 
確かに、ルノアールは空間が広い。無線LAN環境もある。そして、コーヒー一杯の価格も高い。ブレンドが540円。しかし、空間はとても広く、静かで、考え事や書き物には十分。今はやりのスペシャリティコーヒーとは一線を画す戦略です。

豆とバリスタと、活きのいいアルバイトさんへの一杯か。
地代家賃と、しわがれたウェイトレスさんへの一杯か。

用途によって、後者の選択も十二分にありですね。スタバ、タリーズとルノアールのIRを見ましたが、ルノアールとスタバはえらく営業利益率が違う。タリーズはいつの間にか伊藤園の傘下になっとるではないですか。面白いもんです。


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